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『ダンス・ダンス・ダンス』

Posted by AK on 25.2007 小説   0 comments   1 trackback
中国人女性は春樹がお好き?
羊男をめぐるネット懇談


 学生時代、私はハヤカワSF一辺倒で、いわゆる純文学には縁遠い読書生活を送っていた。たまに村上龍を読んだりもしていたが、とりたて文学ということは意識せず、『コインロッカー・ベイビーズ』や『五分後の世界』をスリップストリーム小説の感覚で手に取っていたぐらいだ。

 当時、熱心な漫画読みだった友人に小説を勧めてみた。(多くの)小説には挿絵がない、場面や情景は自分で想像するしかない、故に1冊を読み終えたときの充足感や印象は漫画の比じゃない。そんな文句で、とにかく何でもいいから読んでみろと捲し立てた記憶がある。

 それから数年が経ち、友人の読書量は私のそれを遥かに超えていた。一方私はといえば、読んでもいない若手作家の新刊を「こんなものはブンガクじゃない」などと罵っては看破した気になり、表紙がふにゃふにゃになったお気に入りの文庫を飽きもせず読み返す、という生活をしていた。同じ本好きにも、いろんなタイプがいるようだ。

 さて、いつしか私が友人にお薦め本を乞う立場になり、村上春樹の名前を聞かされる。「有名だから読んでみたけど、やっぱり面白かった」と、友人は本屋で『ダンス・ダンス・ダンス』の文庫本を指差した。私は村上春樹に対して、時代の波に乗った薄っぺらいベストセラー作家という偏見を持っていたため、そのときは素直に手に取る気になれなかった。

 後日、再び書店へ赴き、『ダンス・ダンス・ダンス』上巻の225ページを開いた。ヒロインの美少女ユキがバージニアスリムを吸う場面。未読の方のために注釈しておくと、彼女は13歳だ。私は上下巻を棚から引き抜き、「中」という巻がないことを確認してから、急ぎ足でカウンターへ向かった

 『ダンス・ダンス・ダンス』は旅行記のような小説である。冬の札幌、東京赤坂、そしてハワイと、舞台が目まぐるしく移る。文体も、比喩が多いことを除けば、社会保険庁の年金啓発パンフレットみたいに平易な文章で、とても読みやすい。

 この小説はシリーズ第3作目という位置づけなのだが、私は著者の他の作品を読んだことがなかった。おかげで話の冒頭が何を言わんとしているのかよく分からなかったが、すぐに物語展開へ移ってくれたので、何事もないように読み進めることができた。曰く、高度成長に陰りが見え始めた1980年代の空気だとか、丸腰で世界に正対する個の不安だとか、いろんな人がいろんなことを言っている小説ではあるが、そんなことはこの際どうでもいい。私の目当ては喫煙女子中学生ユキちゃんだったのだ。

 「ふん、馬鹿みたい

 これ、作中で彼女が事あるごとに言う口癖。AKIBAライクな言い方をすれば、ツンとかデレとか、ああいう感じだ。おまけに、物のルーツや他人の記憶、少し先の未来などを幻視する特殊感覚の持ち主で、同世代の友達から気味悪がられた挙げ句に中学校を逃げ出した不登校児でもある。

 私の胸は俄然高鳴った。なんてことはない、ロリコン向け深夜アニメが隆盛を誇るずっと以前から、この手の不思議少女は日本人のハートの内に完成形として存在していたのだ。私は歴史の重みを噛み締めながらページをめくった。それこそ、かつての文豪たちも同じ思いを古典文学へ抱きながら、それでもわしゃあ理想のロリロリ少女を書きたいんじゃあ、などと怪気炎を上げていたに違いないのである。

 三十路も半ばのしょぼくれたライターである主人公を「あなた」と呼ぶ、13歳の美少女。ここには村上の、いや男のロマンがたっぷりと詰まっている。また、主人公も主人公で、ユキのことは「」呼ばわりだ。こういう感じはたしかに、80年代をピークに流行したことがあった。貴族になれなかったミドルクラスの儚い夢とでも言うべきか。そういったファンタジーとは別に、ザーメン臭いエログロ・バイオレンス路線でワニを飼う美少女アネモネを描き出したのが、同じ村上でも龍のほうなのであるが、こちらはいずれ別エントリーとして観想してみようと思う。

 ところで私は以前、インスタントメッセンジャーで中国の女性と知り合い、しばらく話をしていた時期がある。彼女は現地の大学で日本語を専攻しており、こちらのIMは9割方通じていた。曰く彼女は日本文学へ興味があり、中でも村上春樹がお気に入りなのだという。中国で春樹が流行っているという話は聞いていたが、どうやらそれは対中和解派の陰謀ではなかったらしい

 『アフターダーク』が出版された時期であるので、2004年の暮れだろうか。チェコ人やアメリカ人と話をしたことはあったが、中国人というのは初体験だった。彼女とメッセージを交わすのは、毎晩9時から0時までの3時間。それ以上は彼女の仕事の都合から「それじゃあまたね」と次の機会へ持ち越す。モニタ越しの国際交流、話題は比較文化、文学……。なんだこれは、まるで春樹の小説じゃないか。一人称も「僕」に変えようかな。ビールを買ってこなくては。そんなことを悶々と考えながら、彼女と様々な話をした。

 ある日、私は話の流れで彼女にこう訊く。『ダンス・ダンス・ダンス』は中国でも出版されているか? 彼女はYESと答えた。

 「なんだか寂しい感じがして好き。『羊をめぐる冒険』(注・『ダンス~』の前作)もね。もともと持っていなかったものを失くした気になって、打ちひしがれる感じがする」

 なるほど、これは重度のハルキストだ。いや貶しているのではない。海の向こうの、食べ物も税制も宗教観も違う労働者階級の女性が、日本人の感性へ通じる感想を春樹文学へ抱くということへ、純粋に驚いているだけだ。考えてみれば、今の中国は高度成長の最中にあり、かつて日本が通ってきた道に近いものがあるのかもしれない。80年代的センスの文芸作品が現代の中国で受け入れられることは、想像に難くない。

 そこで私が本性を現し、ユキちゃん萌え~ハァハァ、などと言えば果たしてどうなっていたか。こちらも想像に難くない。



  出典 講談社文庫『ダンス・ダンス・ダンス』上・下
  1991年 講談社
  村上春樹 著


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川本三郎との対談『対話 R・チャンドラー、あるいは都市小説について』(『ユリイカ』1982年7月号)にて、村上春樹はレイモンド・チャンドラーの小説『長いお別れ』を下敷きにしていると述べている。また、フランシス・フォード・コッポラの映画『地獄の黙示録』に着想を得
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