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『青い目撃者』

Posted by AK on 07.2007 映画   0 comments   0 trackback
ダイナちゃん7歳危機一髪!
夜は獣のパパが百獣の王の胃袋に収まるまで


 映画に限った話で、「隠れた名作」という言い回しがある。

 マイナーだけどコアなファンがいる作品、という意味ではない。それではただのカルト映画だ。そうではなく、劇場公開時に単館系のハコでしか上映せず、あるいは劇場公開の機会そのものがなかった低予算映画で、後に販売されたVHSやDVDから「これ、意外といい映画じゃん」と好意的な評判に恵まれた作品のことである。この手の映画の定義として「感動作」という形容がついてまわるのも、ひとつの大事な特徴だ。

 ただ、感動と言っても、仕事帰りの茶汲みOLが何気なくレンタル店で借りて、メールを打ちながら横目で見ていたらグイグイ引き込まれ、エンドロールで滝の涙を流して顔面がマスカラで染まる、というような大げさなものでもない。気分がちょっと晴れやかになるとか、DVDがメニュー画面に戻ってもしばらく消さずに余韻へ浸るとか、そういう意味での「感動」である。

 私も普段はロリ映画ばかり見ている変態ではなく、いろいろ手をつけている雑食人間であるので、そういう「大事な映画」というものはいくつかストックしてある。んで、今回もひょっとしたらそういう作品にありつけるものと邪まな心持ちで買ったDVDがあった。ジェニー・ボーエン監督の『青い目撃者』だ。

 ジャケットの煽り文句には「エリート医師の父親から虐待を受け続けた7歳の少女・ダイナ」などと書かれており、これは否が応でも期待せざるを得ない。そのすぐ下、キャプチャされた劇中画像に被る「身体的虐待 心理的虐待 性的虐待」というチープな文字列は炎の画像をマスクしたものらしく、いい具合にB級感バリバリだ。「一見面白そうだけど聞いたことのないタイトルだし、まあ洒落で見てやるかと思って買ったら、本当にクソつまらなくてゲンナリした」というこれまでのケーススタディをすっかり忘れ、ダイナちゃん7歳ハァハァ、パソコンのDVDトレイに挿入しちゃうぞぉハァハァ、などと怪気炎を上げていた私なのであった。

 話としてはよくあるサスペンス映画である。実の父親から性虐待を受けていた疑いで警察に保護されたダイナ・ウォルコットという7歳の少女が、報復を恐れるあまり裁判の証言台で口をつぐんでしまう(証言拒否をした理由は他にもあるのだが、物語の核心へ触ってしまうので割愛する)。

 この事件を担当する女性検事ジョイは、次の公判での被害者証言を判事に確約してオフィスへ戻るも、肝心のダイナが施設から失踪したことを告げられる。「迷子探しは検事の仕事じゃない」と自分に言い聞かせ帰宅するジョイの車中にダイナは潜り込み、逃亡を図ったのだ。「私を追い返さないで」と懇願するダイナの瞳にただならぬ事情を察したジョイは、あろうことか単身彼女を連れ出して、父親から引き離そうと逃避行に出る

 一方、政財界へのコネで警察の告訴を退けたダイナの父親は、信用のおけない警察の代わりに探偵を雇って2人の行方を追う。当局も即座にジョイへの逮捕状を出してその行方を捜索するが、彼女は逃亡先で出会った保安官と親しくなり、ダイナと共に過ごせる隠れ家を提供してもらう。深い山の中でのナチュラルな生活は、虐待の傷も記憶もすべて忘れて、ダイナが笑顔を取り戻すきっかけになると思われたが、父親の雇った探偵はすぐそばまで迫っており……。

 たぶんこれを読んで眠くなった方がいるだろうが、書いているこっちも眠い。話運びがあまりにも定石すぎて、突っ込みどころがない。良くも悪くもB級サスペンスだ。きっと、睡眠不足で目尻の下がったシャブ中野郎が鼻歌混じりに脚本を手掛け、ハイネケンを箱で開けてベロンベロンに酔っ払った契約切れ間近の雇われプロデューサーが二つ返事でゴーサインを出したに違いない。そのぐらい、何も考えてなさそうな物語展開

 ただ、キャストはそれぞれにいい味を出していた。検事役のクレア・ランキンは演技とは思えないヒス具合だし、保安官役のジュリアン・マクホマンもいい声をしている。ルックスもイケメンだ。

 そしてダイナ役のアレクサンドラ・カイル。何やら各所で美少女と評判であるが、おそらく誰も言わないと思うので私が言おう。ビッチ顔。いや本当に。申し訳ないとは思うけれど、これが素直な感想だ。GyaOのレビューに「ダイナ役の子役が妙に色っぽいのが気になった」と書かれているように、これは男を誘う顔である。父親が自制を失うのも致仕方ないのではなかろうか。

 やはり同じレビュアーが「この映画を見て変な気分になる変態男どもがぜったいいると思うから、こういう映画を作る人々は変態を煽情しないように気をつけるべし」と書いているけれども、いや本当にその通りですという感じ。勃ったし、実際

 この映画を作った奴、耳の穴をかっぽじってよく聞け。俺はパパの味方だ。あんなセクスィーな娘をどこの馬の骨とも知れないヒス女にさらわれた挙げ句、性犯罪者のレッテルを貼られて最後はライオンの餌になっちゃうなんて、お兄さんコレ見てて涙が止まらなかったぞ。次はパパが地獄から甦って、のうのうと幸せに暮らすヒス女ジョイをなぶり殺して愛娘を取り戻すスプラッタームービーを製作しやがれ。それがパパへのせめてもの供養だ。あと、ダイナちゃんはパパを辱めた罰として裸踊りの刑な。

 映画は娯楽である。だがそれは、作り手が楽しんで終わりというわけではない。見る者を笑わせたり泣かせたり、悲しませたり考えさせたり、そういうものをすべて網羅してこその娯楽だ。この映画と似たテーマを暗喩として扱ったであろう『エイリアン2』は、実際にすごい映画だった。女は強く、少女は健気に、男は潔く、敵はあくまでも狡猾で、そして最後は観客そろってスタンディングオベーションを送りたくなる、娯楽映画の大傑作だ。『青い目撃者』という映画は、そういう意味でエイリアンのエの字にも及ばない。どこかで拾ったアイディアにどこかで見た物語を継ぎ接ぎして、ちょっと色気のある俳優を起用しただけの「いいお話」に過ぎない

 私はダコタ・ファニング主演の映画が嫌いだ。製作サイドがどう思っているのか知らないが、あれはダコタのプロモーションビデオである。映画じゃない。彼女が主演したタイトルはことごとく「ふぅん、それで?」と言いたくなる凡作の連続で、そうこうしている間にダコタちゃんはティーンに……

 宝の持ち腐れとはこのことで、どんなにいい俳優へ恵まれようと、どんなに贅沢なバジェットが組まれようと、駄作になるべくして作られた映画は駄作と化し、20年に1度のロリータ子役はロリ系AVのインチキ女優みたいに萎びてしまうのである。これは業界の悲劇ではなかろうか。相応の人材を相応の作品へ投入できる体制を、米映画界は今一度確立すべきではないだろうか。

 この映画、正直なところを言うと、作品としては残念な出来だ。だがビッチ顔幼女のあんな姿やこんな姿を見たいという鬼畜の向きには、まあお薦めできないこともない。劇中で事件解決のキーとなる「ポラロイド写真の束」も、フェイクとは思えない出色のクオリティである。この作品で褒められる部分といえば、そこぐらいしかないのだが。

 ただしその写真に関しても、ダイナちゃんが笑顔で写っていればなおリアルだった、と付記しておく。誤解を恐れずに言えば、悲劇の当事者は笑っているものだ。それが子供であれば尚更である。そして、実際にそういうポルノグラフィーがここ数十年の欧米の主流であることも、重ねて留意されたい。



  原題 “In Quiet Night”
  1998年 アメリカ映画
  ジョニー・ボーエン監督・脚本


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